ベクトル空間の公理と部分空間

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この記事ではベクトル空間とは何かを定めたベクトル空間の公理を紹介して、そこから成り立つ基本的な命題を解説します。また、後半では部分空間について扱い、その判定方法を例題も解きながら学んでいきます。

目次

1. ベクトル空間の公理

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代数学・体とは

目次

(抽象)代数学とは、集合とその集合における演算(足し算・掛け算のようなもの)を考えて、その性質(構造)を調べる学問です。 集合とその集合における演算の組のことを代数系といいます。

代数学では代数系がもつ基本的な法則だけを前提とすることで、理論を抽象化して幅広い場合に応用できるようにしています。 これから学ぶ線形代数も代数学に含まれていて、線型空間(ベクトル空間)という特別な代数系について学習します。 世の中にはこのベクトル空間と見なせるものが多くあるので線形代数の理論を使えて便利というわけです。

ベクトル空間について説明するときに「体(たい)」という言葉が出てきますが、ザックリ言うと体とは、四則演算に相当する演算ができる代数系のことを指します。 具体例は、実数体$\mathbb{R}$(普通の四則演算をもつ実数の集合)や複素数体$\mathbb{C}$です。 逆に整数全体の集合$\mathbb{Z}$は割り算がいつもできるわけではないので体ではありません。 体と聞いてわからなくなったら具体例である$\mathbb{R}$や$\mathbb{C}$を考えてみてください。

また、体はドイツ語のKörperに由来して$K$で表します。 詳しく知りたい方は「群・環・体(準備中)」をご覧ください。

ベクトル空間の公理

目次

それではいよいよベクトル空間とは何かを説明していきます。以下では集合の要素のことを元と呼んでいるので注意してください。

(注:公理とは議論を始めるために前提として仮定される性質のことを言います。つまり、ベクトル空間と言われたら下の性質が自動的に成り立つものと思ってください。)

ベクトル空間の公理

体$K$と空でない集合$V$上に加法とスカラー倍という2つの演算が定義されているとします。

  • 加法

    任意の$\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v} \in V$に対して、$\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v} \in V$が定義される。

  • スカラー倍

    任意の$c \in K$と任意の$\boldsymbol{v} \in V$に対して、$c\boldsymbol{v} \in V$が定義される。

この2つの演算が以下のベクトル空間の公理を満たすとき$V$を体$K$上のベクトル空間といい、その元をベクトル、(係数)体$K$の元をスカラーといいます。 (前半4つが加法について、後半4つがスカラー倍についてのもの)

  1. 任意の$\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v}, \boldsymbol{w} \in V$に対して、$(\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v})+\boldsymbol{w} = \boldsymbol{u}+(\boldsymbol{v}+\boldsymbol{w}) \quad \text{(加法の結合律)}$
  2. 零ベクトル$\boldsymbol{0} \in V$が存在して、任意の$\boldsymbol{v} \in V$に対して、$\boldsymbol{v}+\boldsymbol{0} = \boldsymbol{0}+\boldsymbol{v} = \boldsymbol{v} \quad \text{(加法単位元の存在)}$
  3. 任意の$\boldsymbol{v} \in V$に対して、逆ベクトル$\boldsymbol v' \in V$が存在して、$\boldsymbol{v}+\boldsymbol v' = \boldsymbol v'+\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} \quad \text{(加法逆元の存在)}$
  4. 任意の$\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v} \in V$に対して、$\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v} = \boldsymbol{v}+\boldsymbol{u} \quad \text{(加法の可換律)}$
  5. 任意の$c_1,c_2 \in K$と任意の$\boldsymbol{v} \in V$に対して、$(c_1c_2)\boldsymbol{v} = c_1(c_2\boldsymbol{v}) \quad \text{(体の乗法とスカラー倍の互換性)}$
  6. 任意の$c \in K$と任意の$\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v} \in V$に対して、$c(\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}) = c\boldsymbol{u}+c\boldsymbol{v} \quad \text{(加法に対するスカラー倍の分配律)}$
  7. 任意の$c_1,c_2 \in K$と任意の$\boldsymbol{v} \in V$に対して、$(c_1+c_2)\boldsymbol{v} = c_1\boldsymbol{v}+c_2\boldsymbol{v} \quad \text{(体の加法に対するスカラー倍の分配律)}$
  8. 体$K$の乗法単位元`$1$`と任意の$\boldsymbol{v} \in V$に対して、$1\boldsymbol{v} = \boldsymbol{v} \quad \text{(スカラー倍単位元の存在)}$

どれも当たり前のように見えますが、このたった8つの性質だけを前提として話を進めていくことができます。 これだけだととても抽象的でわかりにくいので、具体例をいくつか用意しました。 イメージを膨らまるのにご活用ください。

具体例1|2次元実数空間

1つ目は高校数学でも扱った1番基本的なベクトル空間です。

実数体$\mathbb{R}$と2つの順序付けられた実数の組$(x,y)$全体の集合を考えて、 加法を各成分同士の和、スカラー倍を各成分を実数倍したものと定義します。

このとき確かに加法の結合法則や交換法則(可換律)が成り立ち、スカラー倍の分配法則なども成り立ちます。

\begin{align}&\{(1,2)+(3,4)\}+(5,6)=(1,2)+\{(3,4)+(5,6)\}({}=(9,12)) \quad \text{(加法の結合律)}\\[0.7em]&(2,8)+(6,5)=(6,5)+(2,8)({}=(8,13)) \quad \text{(加法の可換律)}\\[0.7em]&(3+2)(1,0)=3(1,0)+2(1,0)({}=(5,0)) \quad \text{(体の加法に対するスカラー倍の分配律)}\end{align}

また、零ベクトル$\boldsymbol{0} = (0,0)$です。$n$個の順序付けられた実数の組全体の集合は$\mathbb{R}^n$と表記することが多いです。

具体例2|実数係数多項式全体の集合

実数体$\mathbb{R}$と実数係数多項式全体の集合を考えて、 加法を普通の多項式の和、スカラー倍を多項式を実数倍したものと定義します。

すると、公理にある8つの性質を満たすのでこれはベクトル空間であることがわかります。ここでのベクトルはその元である多項式自体のことを指します

\begin{align}&(6x-7)+(-6x+7)=0 \quad \text{(加法逆元の存在)}\\[0.7em]&(x^2+2x+1)+(3x^2-4x-3)=(3x^2-4x-3)+(x^2+2x+1) \quad \text{(加法の可換律)}\\[0.7em]&8\{(-x+2)+(2x^2+3x-7)\} = 8(-x+2)+8(2x^2+3x-7) \quad \text{(加法に対するスカラー倍の分配律)}\end{align}

また、零ベクトル$\boldsymbol{0} = 0$(多項式の$0$)です。

具体例3|2次元複素数空間

1つ目の2次元実数空間から拡張させて複素数版を考えてみます。 複素数体$\mathbb{C}$と2つの順序付けられた複素数数の組$(z_1,z_2)$全体の集合を考えて、 加法を各成分同士の和、スカラー倍を各成分を複素数倍したものと定義します。

このとき具体例1と同様にベクトル空間の公理を満たします。

\begin{align}&\{(i,2)+(3,4-i)\}+(1+5i,-6i)=(i,2)+\{(3,4-i)+(1+5i,-6i)\}({}=(4+6i,6-7i)) \quad \text{(加法の結合律)}\\[0.7em]&(2,8+3i)+(6i,5)=(6i,5)+(2,8+3i)({}=(2+6i,13+3i)) \quad \text{(加法の可換律)}\\[0.7em]&\{(3+i)+(2-i)\}(1,0)=(3+i)(1,0)+(2-i)(1,0)({}=(5,0)) \quad \text{(体の加法に対するスカラー倍の分配律)}\end{align}

また、零ベクトル$\boldsymbol{0} = (0,0)$($2$つの成分が複素数の$0$である組)です。$n$個の順序付けられた複素数の組全体の集合は$\mathbb{C}^n$と表記することが多いです。

具体例4|2進数の世界のベクトル空間

最後に少し変わった例を紹介します。まず$0,1$だけの世界の体として次のようなものを考えます。 $2$元集合$\{0,1\}$上に加法$+$と乗法$\times$を次のように定義します。

\begin{align}&\begin{cases}0+0=1+1=0\\[0.5em]0+1=1+0=1\end{cases}\\[0.7em]&\begin{cases}0\times0=0\times1=1\times0=0\\[0.5em]1\times1=1\end{cases}\end{align}

つまり、加法は同じもの同士ならば$0$を、違うもの同士ならば$1$を返し、乗法は$2$つとも$1$のときだけ$1$を、それ以外は$0$を返すものとします。 情報系の方は気づいたかもしれませんでしたが、これは排他的論理和(XOR演算)と論理積(AND演算)です。

この体を二元体(英:finite field of order two)といい、$\mathbb{F}_2$と書きます。 $\mathbb{F}_2$の加法単位元は$0$、乗法単位元は$1$です。(単位元$=$その演算をしても相手の値を変えないもの)

この$\mathbb{F}_2$と$2$進数全体の集合を考えて、加法・スカラー倍を各桁について先程の加法・乗法をしたものと定義します。すると、先程の公理をきちんと満たします。

\begin{align}&(00101+10001)+01010=00101+(10001+01010)({}=11110) \quad \text{(加法の結合律)}\\[0.7em]&1(1001+1110)=1\times1001+1\times1110({}=0111) \quad \text{(加法に対するスカラー倍の分配律)}\\[0.7em]&(1+1)101010=1\times101010+1\times101010({}=000000=0) \quad \text{(体の加法に対するスカラー倍の分配律)}\\[0.7em]&1\times0111001=0111001 \quad \text{(スカラー倍単位元の存在)}\end{align}

また、零ベクトル$\boldsymbol{0} = 0$($2$進数の$0$)です。

公理は8つもあって覚えにくいですが、もし群論を勉強したことがあれば前半4つはベクトル空間が加法について可換群であることを言っています。 そして、スカラー倍という演算はベクトル空間特有なのでその性質について後半4つで言っています。 このように分類すると少し覚えやすくなると思います。

2. ベクトル空間に関する命題

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ここからは先程の公理を満たすベクトル空間に関する基本的な命題を紹介し、証明していきます。 これまたどれも当たり前に見えるものばかりですが、先程の8つの性質だけを前提として議論が進んでいることに注目してください。 証明をすべて読むのが大変な人は命題にだけ目を通して、あとで読み返すのもおすすめです。

以下ではベクトル空間を$V$とします。

零ベクトルと逆ベクトルは唯一

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公理の中で加法の単位元と逆元が存在することを言いましたが、それらは唯一であることが証明できます。 実はこの命題はスカラー倍とは関係なく、公理の1,2,3番だけから導けます。(1,2,3番を満たす代数系を「群」といいます。) つまり、この命題はベクトル空間だけでなく、より抽象的な代数系である群でも成り立つことになります。

命題1|ベクトル空間の零ベクトルは唯一である

公理では加法単位元となる零ベクトルが"存在"することを要請しましたが、それがただ1つであるとは言っていません。 もしかすると、複数存在する可能性だってあります。 しかし、このようなベクトルはただ1つであることが証明できます。

一意性の証明をしたいので2つ存在すると仮定して矛盾を示す背理法を使います。(参考:背理法の使いどきと複数の文字を含む条件) $\bm 0$および$\bm {0^{\prime}}$がともに零ベクトルであると仮定します。

$\bm {0^{\prime}}$が零ベクトルであることから

\(\bm 0 = {} \)\( \bm 0 + \bm {0^{\prime}}\)

です。ここで$\bm 0$も零ベクトルなので、

\(\bm 0 = {} \)\( \bm 0 + \bm {0^{\prime}} = {} \)\( \bm {0^{\prime}}\)

が成り立ちます。よって、$\bm 0 = \bm {0^{\prime}}$となり、2つは一致することが示せます。

命題2|任意の$\bm{v} \in V$に対して、逆ベクトル$\bm v' \in V$は一意的に定まる

加法単位元に続いて、加法逆元もただ1つであることを証明します。先程と同様に背理法を使います。 まず、$\bm v'$および$\bm v''$がともに$\bm v$の逆ベクトルであると仮定します。

このような基本的な命題を証明するときにあえて零元を足して活用するという手段がよく用いられます。 今回はこれを使ってみましょう。

\(\bm v' = {} \)\( \bm v' + \bm 0\)

から始めます。$\bm v''$が$\bm v$の逆ベクトルであることから$\bm 0 = \bm v + \bm v''$が成り立つので、これを代入して$\bm v''$を式に登場させます。

\begin{align}&\bm v'\\[0.7em]={}&\bm v' + \bm 0\\[0.7em]={}&\bm v' + (\bm v + \bm v'')\end{align}

最終的に$\bm v''$だけ残したいので$\bm v'$を消すことを考えます。$\bm v'$は$\bm v$の逆ベクトルであることを利用しましょう。 結合律を使って演算の順序を変えれば上手くいきそうです。

\begin{align}&\bm v'\\[0.7em]={}&\bm v' + \bm 0\\[0.7em]={}&\bm v' + (\bm v + \bm v'')\\[0.7em]={}&(\bm v' + \bm v) + \bm v''\\[0.7em]={}&\bm 0 + \bm v''\\[0.7em]={}&\bm v''\end{align}

以上で任意の$\bm{v} \in V$に対して、逆ベクトル$\bm v' \in V$は一意的に定まることが証明できました。

逆ベクトルが一意的に定まることを証明できたので、これからは$\bm v$の逆ベクトルをよりわかりやすく$-\bm v$と書くことにします。

ところで逆ベクトルの逆ベクトルは何になるでしょうか。高校数学のベクトルを思い出せばすぐに答えがわかりそうですが、証明しておきます。

命題3|任意の$\bm{v} \in V$に対して、その逆ベクトル$-\bm v \in V$の逆ベクトルは$\bm v$ただ1つである

逆の逆はもとのベクトルでしょ?と思った人、その通りです。ただ、公理には含まれていないので証明します。

と言いつつ、証明自体も簡単です。加法逆元の存在について述べた公理の3番を$\bm v'({} = -\bm v)$を主役にして見るだけです。 すると、

\((-\bm v) + \bm v = {} \)\( \bm v + (-\bm v) = {} \)\( \bm 0\)

となるので、$\bm v$は$-\bm v$の逆ベクトルであることが分かります。 また、命題2より逆ベクトルは唯一なので、$-(-\bm v) = \bm v$となります。

加法の逆に相当する演算

目次

ベクトル空間には加法が定義されているとしましたが、高校数学ではあるベクトルから別のベクトルを引く計算もしました。 このような演算がどう定義されているのかを見ていきます。

命題4|任意の$\bm u, \bm v \in V$に対して、$\bm v + \bm z = \bm u$を満たす$\bm z \in V$がただ1つ存在し、$\bm z = \bm u + (-\bm v)$である

「ただ1つ存在すること」を証明したいので「存在性」と「一意性」に分けて考えます。

まず、「存在性」については具体的に例示すればいいです。$\bm z = \bm u + (-\bm v)$とすると、

\begin{align}&\bm v + \bm z\\[0.7em]={}&\bm v + \{\bm u + (-\bm v)\}\\[0.7em]={}&\bm v + \{(-\bm v) + \bm u\}\\[0.7em]={}&\{\bm v + (-\bm v)\} + \bm u\\[0.7em]={}&\bm 0 + \bm u\\[0.7em]={}&\bm u\end{align}

となるので、たしかにこの条件を満たす$\bm z \in V$は存在します。 そして、次に「一意性」ですが、2つの異なるベクトル$\bm z_1, \bm z_2$がこの条件を満たすと仮定すると、 $\bm v + \bm z_1 = \bm u$かつ$\bm v + \bm z_2 = \bm u$より$\bm v + \bm z_1 = \bm v + \bm z_2$です。

ここで、両辺について左側から$\bm v$の逆ベクトル$-\bm v$を加えると、

\begin{align}\bm v + \bm z_1 &= \bm v + \bm z_2\\[0.7em]-\bm v + (\bm v + \bm z_1) &= -\bm v + (\bm v + \bm z_2)\\[0.7em](-\bm v + \bm v) + \bm z_1 &= (-\bm v + \bm v) + \bm z_2\\[0.7em]\bm 0 + \bm z_1 &= \bm 0 + \bm z_2\\[0.7em]\bm z_1 &= \bm z_2\end{align}

となり、両者は一致します。よって、一意性も示すことができたので 「任意の$\bm u, \bm v \in V$に対して、$\bm v + \bm z = \bm u$を満たす$\bm z \in V$がただ1つ存在し、$\bm z = \bm u + (-\bm v)$である」といえます。

命題4の$\bm z$、つまり$\bm u + (-\bm v)$をこれからはわかりやすく$\bm u - \bm v$と書くことにします。

$0\boldsymbol{v}=\boldsymbol{0},$ $c\boldsymbol{0}=\boldsymbol{0},$ $c\bm v = \bm 0$ならば$c = 0$または$\bm v = \bm 0$

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ここからはスカラー倍が登場する命題を紹介します。スカラー倍が関係することから以下のものは先程までとは違い、群でも成り立つ性質ではなくベクトル空間特有の性質となります。

命題5|任意の$\bm{v} \in V$に対して、$0\bm v = \bm 0$

命題2で使ったあえて零元を足して活用する作戦を使います。 零ベクトルになることの証明は、あるベクトルとその逆ベクトルの和の形に持っていけばできます。 これらのことを意識して式変形していきます。

\begin{align}&0\bm v\\[0.7em]={}&0\bm v + \bm 0\\[0.7em]={}&0\bm v + [0\bm v + \{-(0\bm v)\}]\end{align}

$0\bm v = \bm 0$を知っていると、ただ零ベクトルが3つ並んでいるように見えてゲシュタルト崩壊しそうですが、 現時点ではまだ$0\bm v = \bm 0$だと言えないので落ち着いて考えましょう。

あるベクトルとその逆ベクトルの和の形に持っていくことを考えたとき、おそらく逆ベクトルは$-(0\bm v)$でしょう。 ということは、$0\bm v$が単品で欲しくなります。そこで、前2つの項を合体することを考えます。 ここで使うのが、公理の7番目に紹介した「体の加法に対するスカラー倍の分配律」です。

\begin{align}&0\bm v\\[0.7em]={}&0\bm v + \bm 0\\[0.7em]={}&0\bm v + [0\bm v + \{-(0\bm v)\}]\\[0.7em]={}&(0\bm v + 0\bm v) + \{-(0\bm v)\}\\[0.7em]={}&(0+0)\bm v + \{-(0\bm v)\}\\[0.7em]={}&0\bm v + \{-(0\bm v)\}\\[0.7em]={}&\bm 0\end{align}

よって、任意の$\bm{v} \in V$に対して、$0\bm v = \bm 0$です。

命題6|任意の$c \in K$に対して、$c\bm 0 = \bm 0$

1個前と同じ作戦を使います。あえて零元を足して活用しましょう。 零ベクトルになることの証明を、あるベクトルとその逆ベクトルの和の形に持っていくことも同様です。

\begin{align}&c\bm 0\\[0.7em]={}&c\bm 0 + \bm 0\\[0.7em]={}&c\bm 0 + [c\bm 0 + \{-(c\bm 0)\}]\\[0.7em]={}&(c\bm 0 + c\bm 0) + \{-(c\bm 0)\}\\[0.7em]={}&c(\bm 0 + \bm 0) + \{-(c\bm 0)\}\\[0.7em]={}&c\bm 0 + \{-(c\bm 0)\}\\[0.7em]={}&\bm 0\end{align}

先程は「体の加法に対するスカラー倍の分配律」を使いましたが、今回は「加法に対するスカラー倍の分配律」を使いました。

命題7|任意の$c \in K$と任意の$\bm v \in V$に対して、もし$c\bm v = \bm 0$ならば$c = 0$または$\bm v = \bm 0$

結論が「または」になっていて2パターンあると証明しにくいので、$c \neq 0$として$\bm v = \bm 0$であることを証明します。

命題5,6では零ベクトルになることを証明するときにあるベクトルとその逆ベクトルの和の形にして示すことを考えましたが、 今回は$c\bm v = \bm 0$と$c \neq 0$が使えることから違うアプローチをしてみます。

$c\bm v = \bm 0$の$c$が邪魔なので、$c^{-1}$をかけて打ち消すことを考えてみます。 ($c^{-1}$は体$K$における$c$の乗法の逆元であり、これが存在することは$K$が体であることから言えます。)

\begin{align}c\bm v &= \bm 0\\[0.7em]c^{-1}(c\bm v) &= c^{-1}\bm 0\end{align}

ここで左辺について公理の5番目の「体の乗法とスカラー倍の互換性」を使います。 また、右辺についてはつい1個前に証明した$c\bm 0 = \bm 0$が使えます。

\begin{align}c\bm v &= \bm 0\\[0.7em]c^{-1}(c\bm v) &= c^{-1}\bm 0\\[0.7em](c^{-1}c)\bm v &= \bm 0\\[0.7em]1\bm v &= \bm 0\\[0.7em]\bm v &= \bm 0\end{align}

最後は公理の8番目の「スカラー倍単位元の存在」を使いました。 これは「体$K$の乗法の単位元をスカラーとしてベクトル$\bm v$にかけたのなら、その結果はもとと同じ$\bm v$になっていて欲しい。」という感覚を公理として要請したものです。 もしもこの性質が無いと、いつも結果が$\bm 0$になるようなスカラー倍を考えることもできてしまうので、そういう場合を排除する目的があります。

$(-c)\bm v = c(-\bm v) = -(c\bm v)$

目次

この章の最後の命題です。これまた当たり前のように見えますが、それぞれマイナスがかかっている範囲が異なります。 なので、これらが一致することを証明します。

命題8|任意の$c \in K$と任意の$\bm v \in V$に対して、$(-c)\bm v = c(-\bm v) = -(c\bm v)$

証明の方針ですが、1番目と2番目がそれぞれ3番目に等しいことを示します。 3番目は$c\bm v$の逆ベクトルを表しているので、先程の方針を言い換えると 「$(-c)\bm v$と$c(-\bm v)$が$c\bm v$の逆ベクトルであることを示す」ということになります。

逆ベクトルであることを示すには右から足しても左から足しても零ベクトルになることを示せばよいですが、 公理の4番目より加法の可換律が成り立つので右から足す場合だけを考えれば十分です。

\begin{align}&c\bm v + (-c)\bm v\\[0.7em]={}&\{c + (-c)\}\bm v\\[0.7em]={}&0\bm v\\[0.7em]={}&\bm 0\end{align}

より、$(-c)\bm v$は$c\bm v$の逆ベクトルになっているので、$(-c)\bm v = -(c\bm v)$です。 $c(-\bm v)$についても同様に、

\begin{align}&c\bm v + c(-\bm v)\\[0.7em]={}&c \{\bm v + (-\bm v)\}\\[0.7em]={}&c\bm 0\\[0.7em]={}&\bm 0\end{align}

より、$c(-\bm v) = -(c\bm v)$です。 以上から、任意の$c \in K$と任意の$\bm v \in V$に対して、$(-c)\bm v = c(-\bm v) = -(c\bm v)$です。

3. 部分空間

目次

3次元空間を全体としてその空間内のある平面に注目する状況のように、ベクトル空間の部分集合を考えることがあります。 このとき、部分集合もベクトル空間になっていると扱いやすいです。このような状況について考えてみましょう。

定義|部分空間(subspace

ベクトル空間$V$の空でない部分集合$W$が、$V$における加法とスカラー倍によりベクトル空間になるとき、 $W$を$V$の部分空間、または、部分ベクトル空間といいます。

ところで「ベクトル空間になる」とは先程の公理を満たすことを意味します。 しかし、部分空間を考えるときに毎回8個の性質がすべて成り立つかを確認するのは大変です。 そこで、「部分空間である」と必要十分な条件を紹介します。

部分空間であるための必要十分条件

体$K$上のベクトル空間$V$の部分集合$W$が部分空間であるための必要十分条件は以下の3つの条件が成り立つことです。

  1. $W$は空集合でない
  2. $\bm u, \bm v \in W \implies \bm u + \bm v \in W$
  3. $c \in K, \bm v \in W \implies c\bm v \in W$

注1|$1$を「$W$は$V$の零ベクトルを含む」に変更可

注2|$2,3$を合わせて「\(c_1, c_2 \in K,\) \(\bm u, \bm v \in W \implies {}\)\(c_1\bm u + c_2\bm v \in W\)」に変更可

確認する条件が3つだけのシンプルな条件になりました。 これらが実際に必要十分条件になっていることの証明は以下の補足に記載してあります。

1番目が「変更可」になっているのは、どちらの条件を使っても3つ全体として等価だからです。 実際に、空集合でないことと3番目の条件から、$c = 0$とすると$\bm 0 \in W$が導けますし、 逆に$\bm 0 \in W$であれば$W$は空集合でないことが導けます。

また、2,3番目の条件も合わせて「変更可」になっています。こちらについても同値であることが証明できます。 気になる人は補足をご覧ください。

補足|部分空間であるための必要十分条件になっていることの証明

3つの条件から公理の8つの性質が満たされることを示します。(必要条件であることは当たり前なので省略)

と言っても、$W$の演算規則は$V$から導入したものであることから、かなりの性質が当然成り立ちます。 どの性質が非自明かというと「加法単位元の存在」と「加法逆元の存在」です。 この2つが$W$においてもきちんと存在することを示せばいいです。

まず、「加法単位元の存在」については"変更可"の理由で説明したように空集合でないことと3番目の条件から、$c = 0$とすると$\bm 0 \in W$が導けます。 この$\bm 0$は$V$の零ベクトルですが、任意の$\bm v \in W$に対しても当然$\bm v + \bm 0 = \bm 0 + \bm v = \bm v$となるので、$W$の零ベクトルでもあります。

次に、「加法逆元の存在」については命題8の$(-c)\bm v = c(-\bm v) = -(c\bm v)$を利用します。 3番目の条件から、$c = -1$とすると$\bm v \in W$ならば$(-1)\bm v \in W$です。 ここで、$(-1)\bm v = -\bm v$なので$-\bm v \in W$となり、$W$の任意のベクトルに対して、それぞれその逆ベクトルが存在することになります。

以上から$W$においても加法とスカラー倍が定義され、ベクトル空間の公理を満たすので$W$はベクトル空間であるといえます。

補足|2,3番目の条件と「\(c_1, c_2 \in K,\) \(\bm u, \bm v \in W \implies {}\)\(c_1\bm u + c_2\bm v \in W\)\(\cdots(*)\)」が同値であることの証明

まずは2,3番目の条件を仮定して(*)を導きます。 3番目の条件から$c_1\bm u \in W$かつ$c_2\bm v \in W$がいえます。 さらに2番目の条件より$c_1\bm u + c_2\bm v \in W$となり(*)が示されます。

逆に(*)を仮定します。 このとき$c_1=c_2=1$(厳密には体$K$の乗法単位元)とすると、2番目の条件が示されます。 また、$c_2=0$(厳密には体$K$の加法単位元)とすると、3番目の条件が示されます。

以上からこれらは同値であることが証明できました。

部分空間の例としてどのようなものが考えられるでしょうか。まず、$V$自身はベクトル空間$V$の部分空間です。 これは部分集合と同様の考え方です。また、ベクトル空間$V$の零ベクトル$\bm 0$だけからなる集合$\{\bm 0\}$も$V$の部分空間です。 後者を$V$の零部分空間といいます。

$V$からその部分空間をつくる基本的な方法について述べたのが次の命題です。 新出用語として、ベクトル空間$V$のベクトル$\bm v_1,$ $\bm v_2,$ $\cdots,$ $\bm v_n$とスカラー$c_1,$ $c_2,\cdots,$ $c_n(\in K)$に対して、 スカラー倍の和

\begin{align}&c_1\bm v_1+c_2\bm v_2+\cdots+c_n\bm v_n\\[0.7em]\end{align}

をベクトル$\bm v_1,$ $\bm v_2,$ $\cdots,$ $\bm v_n$の1次結合または線形結合といいます。

命題9|$V$をベクトル空間、$\bm v_1,$ $\bm v_2,$ $\cdots,$ $\bm v_n$を$V$のベクトルとすると、$\bm v_1,$ $\bm v_2, \cdots,$ $\bm v_n$の1次結合全体の集合$W$は$V$の部分空間になる。

部分空間であるための必要十分条件が成り立つことを示します。

まず、$\bm v_1 \in W$より$W$は空集合ではありません。

次に、加法について$\bm u, \bm v \in W$ならばある係数$a_i,b_i$によって

\begin{cases}\bm u = a_1\bm v_1+a_2\bm v_2+\cdots+a_n\bm v_n\\[0.5em]\bm v = b_1\bm v_1+b_2\bm v_2+\cdots+b_n\bm v_n\end{cases}

と書かれるので、

\begin{align}&\bm u + \bm v\\[0.7em]={}&(a_1\bm v_1+a_2\bm v_2+\cdots+a_n\bm v_n)+(b_1\bm v_1+b_2\bm v_2+\cdots+b_n\bm v_n)\\[0.7em]={}&(a_1+b_1)\bm v_1+(a_2+b_2)\bm v_2+\cdots+(a_n+b_n)\bm v_n\end{align}

となります。($K$は体なので、)$a_i+b_i \in K$であることから$\bm u + \bm v$も$\bm v_1,$ $\bm v_2,$ $\cdots,$ $\bm v_n$の1次結合であり、$W$の元です。

最後に、スカラー倍についても加法と同様にして

\begin{align}&c\bm u\\[0.7em]={}&c(a_1\bm v_1+a_2\bm v_2+\cdots+a_n\bm v_n)\\[0.7em]={}&(ca_1)\bm v_1+(ca_2)\bm v_2+\cdots+(ca_n)\bm v_n\end{align}

となります。(ただし$c \in K$)ここでも($K$は体なので、)$ca_i \in K$であることから$c\bm u$も$\bm v_1,$ $\bm v_2,$ $\cdots,$ $\bm v_n$の1次結合であり、$W$の元です。

以上から$W$は部分空間であることが証明できました。

命題9の$W$を$\bm v_1,$ $\bm v_2,$ $\cdots,$ $\bm v_n$によって生成される、または、張られる部分空間といい、以下のように表します。

  • $\langle\bm v_1,\bm v_2,\cdots,\bm v_n\rangle$
  • $\mathrm{span}(\bm v_1,\bm v_2,\cdots,\bm v_n)$
  • $S[\bm v_1,\bm v_2,\cdots,\bm v_n]$

また、$\bm v_1,$ $\bm v_2,$ $\cdots,$ $\bm v_n$を$W$の生成系といいます。

以上で説明する内容は終わりです、お疲れ様でした。それでは、ここまでの知識を使って部分空間かどうかの判定問題を解いてみます。

例題1 $\mathbb{R}^3$の部分空間かどうかの判定
目次

次のおのおのの条件について、その条件を満たす$\mathbb{R}^3$の元$\bm x = (x,y,z)$全体の集合は$\mathbb{R}^3$の部分空間となるか判別してください。

  1. $2x-y+3z=0$
  2. $2x-y+3z=1$
  3. $2x-y+3z \geqq 0$
  4. $x = 0 \tx{かつ} y = 0$
  5. $xyz=0$
  6. $x^2+y^2-z=0$

(※係数体は$\mathbb{R}$、加法とスカラー倍は自然はものとします。)

※各解説・解答からこの例題に戻れます

部分空間であるための必要十分条件を使って順番に確かめていきます。部分空間でない場合は反例を示しましょう。 解説のために小問$(i)$の部分集合を$W_i$とします

例題1の(1)の解説
例題1

$\mathbb{R}^3$の零ベクトルは$\bm 0 = (0,0,0)$です。この元は条件$2x-y+3z=0$を満たすので、$\bm 0 \in W_1$です。

$c_1,c_2 \in \mathbb{R},$ \(\bm u = (u_1,u_2,u_3),\) $ \bm v = (v_1,v_2,v_3) \in W_1$と仮定します。 まず$\bm u, \bm v \in W_1$より、

\begin{cases}2u_1-u_2+3u_3=0\\[0.5em]2v_1-v_2+3v_3=0\end{cases}

が成り立ちます。このとき、$c_1\bm u + c_2\bm v \in W_1$かどうかを調べます。

\begin{align}&c_1\bm u + c_2\bm v\\[0.7em]={}&c_1(u_1,u_2,u_3) + c_2(v_1,v_2,v_3)\\[0.7em]={}&(c_1u_1+c_2v_1,\ c_1u_2+c_2v_2,\ c_1u_3+c_2v_3)\end{align}

なので、$2x-y+3z$に代入すると、

\begin{align}&2(c_1u_1+c_2v_1)-(c_1u_2+c_2v_2)+3(c_1u_3+c_2v_3)\\[0.7em]={}&2c_1u_1+2c_2v_1-c_1u_2-c_2v_2+3c_1u_3+3c_2v_3\\[0.7em]={}&c_1(2u_1-u_2+3u_3)+c_2(2v_1-v_2+3v_3)\\[0.7em]={}&0\end{align}

となります。よって、条件$2x-y+3z=0$を満たすので、$c_1\bm u + c_2\bm v \in W_1$となり、$W_1$は$\mathbb{R}^3$の部分空間となります。

例題1の(2)の解説
例題1

(1)の条件式の右辺が$1$になりました、このとき$2 \cdot 0-0+3 \cdot 0 \neq 1$より$\bm 0 \notin W_2$なので、$W_2$は$\mathbb{R}^3$の部分空間となりません。 このように条件式が定数項を含んでいると零ベクトルがその条件を満たさないのでベクトル空間にはなりません

例題1の(3)の解説
例題1

$\bm 0 = (0,0,0)$は条件$2x-y+3z \geqq 0$を満たすので、$\bm 0 \in W_3$です。

(1)と同様に$c_1,c_2 \in \mathbb{R},$ \(\bm u = (u_1,u_2,u_3),\) $ \bm v = (v_1,v_2,v_3) \in W_3$と仮定すると、

\begin{cases}2u_1-u_2+3u_3 \geqq 0\\[0.5em]2v_1-v_2+3v_3 \geqq 0\end{cases}

が成り立ちます。このとき、

\begin{align}&c_1\bm u + c_2\bm v\\[0.7em]={}&(c_1u_1+c_2v_1,\ c_1u_2+c_2v_2,\ c_1u_3+c_2v_3)\end{align}

を$2x-y+3z$に代入すると、

\begin{align}&2(c_1u_1+c_2v_1)-(c_1u_2+c_2v_2)+3(c_1u_3+c_2v_3)\\[0.7em]={}&c_1(2u_1-u_2+3u_3)+c_2(2v_1-v_2+3v_3)\end{align}

となります。これが$0$以上になっていれば部分空間であるといえるのですが、よく考えてみると$c_1$や$c_2$が負の数のときは怪しいです。

そこで反例を探してみると、\(c = -1,\) \(\bm v = (1,1,1)\)のとき$c \in \mathbb{R}$かつ$\bm v \in W_3$ですが、$c\bm v = (-1,-1,-1)$より$c\bm v \notin W_3$です。 したがって、$W_3$は$\mathbb{R}^3$の部分空間となりません。 このように条件式が不等式になっている場合もベクトル空間にはなりません

例題1の(4)の解説
例題1

$\bm 0 = (0,0,0)$は条件$x = 0$かつ$y = 0$を満たすので、$\bm 0 \in W_4$です。

ここまでと同様に$c_1,c_2 \in \mathbb{R},$ \(\bm u = (u_1,u_2,u_3),\) $ \bm v = (v_1,v_2,v_3) \in W_4$と仮定すると、

\begin{cases}u_1 = 0\\[0.5em]u_2 = 0\\[0.5em]v_1 = 0\\[0.5em]v_2 = 0\end{cases}

が成り立ちます。このとき、

\begin{align}&c_1\bm u + c_2\bm v\\[0.7em]={}&(c_1u_1+c_2v_1,\ c_1u_2+c_2v_2,\ c_1u_3+c_2v_3)\end{align}

なので、

\begin{cases}c_1u_1+c_2v_1 = c_1 \cdot 0 + c_2 \cdot 0 = 0\\[0.5em]c_1u_2+c_2v_2 = c_1 \cdot 0 + c_2 \cdot 0 = 0\end{cases}

となります。よって、条件$x = 0$かつ$y = 0$を満たすので、$c_1\bm u + c_2\bm v \in W_4$となり、$W_4$は$\mathbb{R}^3$の部分空間となります。

例題1の(5)の解説
例題1

$xyz = 0$つまり、$x = 0$または$y = 0$または$z = 0$が条件です。

$\bm 0 = (0,0,0)$はこれを満たすので、$\bm 0 \in W_5$です。

$c_1,c_2 \in \mathbb{R},$ \(\bm u = (u_1,u_2,u_3),\) $ \bm v = (v_1,v_2,v_3) \in W_5$と仮定すると、

\begin{cases}u_1u_2u_3 = 0\\[0.5em]v_1v_2v_3 = 0\end{cases}

が成り立ちます。このとき、

\begin{align}&c_1\bm u + c_2\bm v\\[0.7em]={}&(c_1u_1+c_2v_1,\ c_1u_2+c_2v_2,\ c_1u_3+c_2v_3)\end{align}

について条件$xyz = 0$を満たすか考えます。一見成り立ちそうですが$\bm u$と$\bm v$で$0$である成分が異なる場合、 例えば\(\bm u = (0,1,1),\) $ \bm v = (1,0,0)$とすると、$\bm u, \bm v \in W_5$ですが、$\bm u + \bm v = (1,1,1)$より$\bm u + \bm v \notin W_5$です。 したがって、$W_5$は$\mathbb{R}^3$の部分空間となりません。

例題1の(6)の解説
例題1

$\bm 0 = (0,0,0)$は条件$x^2+y^2-z=0$を満たすので、$\bm 0 \in W_6$です。

$c_1,c_2 \in \mathbb{R},$ \(\bm u = (u_1,u_2,u_3),\) $ \bm v = (v_1,v_2,v_3) \in W_6$と仮定すると、

\begin{cases}u_1^2+u_2^2-u_3=0\\[0.5em]v_1^2+v_2^2-v_3=0\end{cases}

が成り立ちます。このとき、

\begin{align}&c_1\bm u + c_2\bm v\\[0.7em]={}&(c_1u_1+c_2v_1,\ c_1u_2+c_2v_2,\ c_1u_3+c_2v_3)\end{align}

について条件$x^2+y^2-z=0$を満たすか考えます。係数があると計算が大変なので一旦$c_1=c_2=1$として$x^2+y^2-z$の値を計算すると、

\begin{align}&x^2+y^2-z\\[0.7em]={}&(u_1+v_1)^2+(u_2+v_2)^2-(u_3+v_3)\\[0.7em]={}&(u_1^2+2u_1v_1+v_1^2)+(u_2^2+2u_2v_2+v_2^2)-(u_3+v_3)\\[0.7em]={}&(u_1^2+u_2^2-u_3)+(v_1^2+v_2^2-v_3)+2u_1v_1+2u_2v_2\\[0.7em]={}&2(u_1v_1+u_2v_2)\end{align}

となります。この残った$2(u_1v_1+u_2v_2)$の影響で$\bm u, \bm v$の値によっては$x^2+y^2-z$が$0$以外になることもあります。 実際に$\bm u = (1,1,2),$ $\bm v = (1,2,5)$とすると、$\bm u, \bm v \in W_6$ですが、$\bm u + \bm v = (2,3,7)$より$\bm u + \bm v \notin W_6$です。 したがって、$W_6$は$\mathbb{R}^3$の部分空間となりません。

このように条件式が2次以上になっている場合もベクトル空間にはなりません

例題1の解答
例題1
  1. 部分空間となる
  2. 部分空間とならない
  3. 部分空間とならない
  4. 部分空間となる
  5. 部分空間とならない
  6. 部分空間とならない

続いて2問目です。高校数学で学んだ「共通部分」や「和集合」が登場します。

例題2 部分空間の共通部分・和集合・和空間
目次

$W_1,W_2$をベクトル空間$V$の2つの部分空間とします。このとき、次のものが常に$V$の部分空間かどうか判別してください。

  1. $W_1 \cap W_2 \q \tx{(共通部分)}$
  2. $W_1 \cup W_2 \q \tx{(和集合)}$
  3. $W_1 + W_2 = \{\bm w_1 + \bm w_2 \mid \bm w_1 \in W_1, \bm w_2 \in W_2\} \q \tx{(和空間)}$

※各解説・解答からこの例題に戻れます

$W_1,W_2$が具体的に決められておらず抽象的なので難しく感じるかもしれません。 しかし、部分空間かどうかの判別なのでやることは同じです。

例題2の(1)の解説
例題2

$W_1$も$W_2$もベクトル空間$V$の部分空間なので、その零ベクトル$\bm 0$を含みます。つまり、$\bm 0 \in W_1$かつ$\bm 0 \in W_2$です。 したがって、$\bm 0 \in W_1 \cap W_2$です。

また、$\bm u, \bm v \in W_1 \cap W_2$と仮定すると、$\bm u, \bm v \in W_1$かつ$\bm u, \bm v \in W_2$です。 ここで、$W_1,W_2$が部分空間であることから任意のスカラー$c_1,c_2$に対して、$c_1\bm u+c_2\bm v \in W_1$かつ$c_1\bm u+c_2\bm v \in W_2$が成り立ちます。 よって、$c_1\bm u+c_2\bm v \in W_1 \cap W_2$となります。

以上から、$W_1 \cap W_2$は$V$の部分空間といえます。

ちなみに例題1の(4)($x = 0$かつ$y = 0$)はこの具体例であり、たしかに部分空間となっています。

例題2の(2)の解説
例題2

共通部分と同様に$\bm 0 \in W_1 \cup W_2$といえます。

ここでわかりやすくするために具体例を考えてみます。例題1のように$V = \mathbb{R}^3$として、(4)の「かつ」を「または」に変えた「$x = 0$または$y = 0$」を考えてみます。 するとこれは$yz$平面と$zx$平面の和集合になります。

ここで、それぞれの平面からベクトルを持ってきて和をとってみます。 $\bm u = (0,1,1),$ $\bm v = (1,0,1)$とすると、$\bm u + \bm v = (1,1,2)$となります。 よく見るとこれは条件「$x = 0$または$y = 0$」を満たしていません。よって、$W_1 \cup W_2$は常には$V$の部分空間ではありません。

今回考えた具体例のように例題1の(5)($xyz=0$)もこの具体例であり、たしかに部分空間ではありません。

例題2の(3)の解説
例題2

$\bm 0 \in W_1$かつ$\bm 0 \in W_2$と、$\bm 0 + \bm 0 = \bm 0$より、$\bm 0 \in W_1 + W_2$です。

$\bm u, \bm v \in W_1 + W_2$と仮定すると、あるベクトル$\bm w_1,\bm w_1^{\prime} \in W_1,$ $\bm w_2,\bm w_2^{\prime} \in W_2$を用いて、

\begin{cases}\bm u = \bm w_1 + \bm w_2\\[0.5em]\bm v = \bm w_1^{\prime} + \bm w_2^{\prime}\end{cases}

と表せます。よって、任意のスカラー$c_1,c_2$に対して、

\begin{align}&c_1\bm u + c_2\bm v\\[0.7em]={}&c_1(\bm w_1 + \bm w_2) + c_2(\bm w_1^{\prime} + \bm w_2^{\prime})\\[0.7em]={}&(c_1\bm w_1 + c_2\bm w_1^{\prime}) + (c_1\bm w_2 + c_2\bm w_2^{\prime})\end{align}

となります。ここで、$W_1,W_2$は部分空間なので、$c_1\bm w_1 + c_2\bm w_1^{\prime} \in W_1$かつ$c_1\bm w_2 + c_2\bm w_2^{\prime} \in W_2$です。 したがって、$c_1\bm u + c_2\bm v \in W_1 + W_2$が成り立ちます。

以上から、$W_1 + W_2$は$V$の部分空間といえます。名前が和空間となっているように部分空間同士の和はこのように定義します。もしも(2)のように定義してしまうと、和が部分空間にならなくなってしまうからです。 それぞれの部分空間に含まれるベクトルのすべてのパターンの和を集めた集合を考える必要があります。

例題2の解答
例題2
  1. 部分空間である
  2. 部分空間でない
  3. 部分空間である

4. まとめ

目次

今回の内容をまとめると、

  1. ベクトル空間とは体$K$と空でない集合$V$上に加法とスカラー倍という2つの演算が定義されていて、8つの性質(ベクトル空間の公理)を満たすもの。
  2. $W$が$V$の部分空間であるとは、ベクトル空間$V$の空でない部分集合$W$が、$V$における加法とスカラー倍によりベクトル空間になることで、部分空間であるための必要十分条件により判別できる。
  3. $c_1\bm v_1+\cdots+c_n\bm v_n$をベクトル$\bm v_1,\cdots,\bm v_n$の1次結合または線形結合という。
  4. 成分の条件式の形で表された集合がベクトル空間かどうかを判別するときは定数項を含まない、$=0$の形かつ(連立)1次式になっていることが目安。(加法やスカラー倍は自然なものとする。)
  5. 部分空間の共通部分と和空間は部分空間になる。和集合は必ずしも部分空間にならないので注意。

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